母親を中傷した足立敬太弁護士(旭川)と「公正推論」の心理

本サイトに情報提供した母親を中傷

弁護士会に連れ去り被害を訴えた母親を中傷した足立敬太弁護士

子供を配偶者に連れ去られ、子供と月に4時間しか会えなくなった母親が埼玉弁護士会に質問状を送付し、回答を拒否された件について、先日、本サイトの記事「埼玉弁護士会、子供から引き離された母親達の訴えに『回答拒否』」で取り上げました。すると、北海道・旭川の足立敬太弁護士(写真右)から、以下のような、母親を中傷するツイートがされました。

上記ツイートに対して、名誉毀損に該当する旨を指摘しましたが、それから3日が経過した6月8日の時点でも足立敬太弁護士のツイートは訂正されず残ったままです。当初は、単に足立氏が事実関係を勘違いした可能性もあると考えましたが、そうではなかったようです。そこで本記事では、改めてこのツイートの問題を指摘しておきたいと思います。

「一方的に質問状を送りネット公開」と虚偽のツイート

足立敬太氏のツイートによれば、母親が「(埼玉弁護士会に対して)一方的に質問状を送りつけた」ことになっています。しかし実際には、母親は質問状を提出する前に埼玉弁護士会の市民相談窓口に繰り返し相談したうえ、別の書面でも訴え、埼玉弁護士会から口頭での回答を得るなどしていた経緯があります。そのようような数か月にわたる母親とさいたま弁護士会との双方向やり取りの結果、最終的に連名で質問状を送付することになったものです。「一方的に質問状を送りつけた」のではありません。

また足立氏は「質問状を送りつけた母親自身が、回答拒否されたとネット公開した」との趣旨を述べて、「一方的に送りつけておきながら回答拒否をネット公開した」と母親を非難しています。しかし実際には、文書のネット公開は、当会(弁護士の倫理について考える会)の判断により、当会が母親の了解を得たうえで行ったものであり、母親がネット公開したわけではありません。この母親と当会はもともと全く接点がありません。

足立敬太氏のツイートは「一方的に質問状を送りつけて『回答拒否』とネット公開」と事実と異なる内容を述べることにより、「そのようなやり方をする母親は卑怯だ」と母親を中傷しているのですが、これは事実と異なります。

一体、足立敬太氏が何を根拠にして上記ようなツイートをしたのかはわかりませんが、虚偽の事実に基づいて、子供から引き離された被害者である母親を中傷しようとする足立氏のツイートは、名誉毀損に該当する違法行為です(大阪の弁護士の飯田亮真氏(ツイッターアカウント名は「めしだ@法教育おじさん」)も、足立敬太氏のツイートに「いいね」で賛同しています)。

弁護士会の公的性格を考えれば、一般市民が質問状を送付して、その回答を公開するのは、何も責められるべきことではありません。足立敬太氏は弁護士会の仕事に熱心であるせいで、弁護士会に訴え出ただけの母親の行為にも不快感を覚えたのかもしれません。足立氏のように、弁護士会で熱心に活動する弁護士の多くは、弁護士会の公的役割を忘れており、業界の利益を守る仕事をしている意識しかないのが現実だからです。その場合、一般市民の声は、単に煩わしいものと感じられるでしょう。

しかし、なぜ足立氏は、事実と異なる内容を述べてまでして、子供と会えずに苦み、勇気を振り絞って声を上げた母親を、公開の場で更に傷つけなければならなかったのでしょうか。足立氏の行為の背景には、以下のような、日本人に強く見られるある「心理状態」があると考えられます。

まず「連れ去られた親が悪い」と考える弁護士

実は、子供を連れ去られた親を中傷するのは、足立敬太弁護士だけではありません。「連れ去られるような親に問題があるのではないか」「配偶者へのDVがあったのではないか」「(DVが立証できない場合)モラハラではないか」「子供と会える親は会えている(のだから会えない親に問題がある)」といった根拠のない中傷が、ツイッターでは日常的に行われています。

例えば、次のツイートは篠田奈保子という弁護士のツイートです。篠田氏は親が子供に会えない原因について「個別事情はさまざまです」と言いつつ列挙しています。しかし意識的にかどうかはわかりませんが、結果的に子供に会えない親に責任がある例ばかりを挙げています。

このツイートから、篠田奈保子弁護士は被害者に対して強い偏見を持っていることがわかります。

そして、次のツイートは大貫憲介という弁護士のもの。「モラ夫(モラハラをする夫の意味)」は「子の連れ去りと大騒ぎする」と決めつけています。

この弁護士も被害者に偏見を持ち、子を連れ去られた被害を訴える親を中傷するために、「モラハラ」という曖昧な概念を多様しています。

このほか、連れ去りの被害に遭った親に対して、DV加害者であるかのような中傷が組織的に行われた可能性も報道されています(Hanadaプラス「『実子誘拐ビジネス』の闇 人権派弁護士らのあくどい手口」)。

被害者に同情せず、責める人たち

このように「助けられるべき被害者が逆に責められる」という構図は、離婚の際の連れ去りや親子の引き離しに限った話ではありません。

行方不明になった小倉美咲さんの情報提供を呼びかける家族が作成したホームページ

2019年に山梨県のキャンプ場で行方不明になった小倉美咲さん(当時7歳)を探す母親に対して、「殺したのは母」「居場所を知っているのでは」といった中傷がされたのは、記憶に新しいところです(朝日新聞2021年4月15日 「不明女児の母へネット中傷続く」)。また、2020年に長野県で姉弟が暴力団員に殺害された事件では、子供を失った親が根拠のない誹謗中傷を受けました(NHK「犯罪被害者は2度苦しむ」)。性犯罪の被害者への中傷は「セカンドレイプ」(あるいは「ヴィクティム・ブレーミング」)として問題になっています。

このように、助けを求めざるを得ない立場になったために、逆に周囲から中傷される状況は、実際に経験しなければなかなか想像しにくいものがあります。多くの人は、実際その立場に立たされてはじめて、「世間」から受ける不条理に愕然とするようです。

「被害に遭った人」「助けられるべき人」への中傷は、過去にも繰り返し行われています。人は病気により健康の"被害"を受けますが、たとえば日本ではハンセン病は「天刑病」と呼ばれました。罹患したのは本人の罪が原因であるとして、患者に対して激しい差別が行われたのです(日本財団「ハンセン病とは」)。また、北朝鮮の拉致被害者の家族にも中傷が行われていました(北朝鮮に拉致された田口八重子さんのご家族を支援する「上尾市民の会」)。冤罪事件の被害者は、無罪が確定した後も、その被害や名誉を回復されるどころか、世間から責め続けられたと訴えています(時事通信2020年12月6日「付きまとった「死刑」 疑いの目に苦しみ続け―免田さん」)。東日本大震災害について「日本人への天罰だ」と発言した都知事(当時)もいました(日経新聞2011年3月15日「石原都知事、「天罰」発言を撤回し謝罪」)。

なぜ人は被害者に罪をかぶせたがるのか

「悪いことをすれば罰が当たる」物語は人を安心させる

このように、被害者や患者本人にその責任を負わせようとする心理を、心理学用語で「公正推論」と言います。公正推論とは、「世の中は公正であると考える心理的傾向」のことです。言い換えれば「良いことをしている人には良いことが起きる、悪いことをしている人には悪いことが起きる」と考えようとする人の心の動きのことです。道徳的には正しい考え方のようですが、これが行き過ぎると、人は「良いことをしている人に悪いことは起きない」と考えるようになってしまいます。

実際には「良いことをしている人に悪いことが起きる」ことも時にはありますし、「悪いことをしても罰せられない人もいる」というのが現実の社会です。しかし人は、多かれ少なかれ、そのような不条理な現実を見るよりも「良いことをしていれば悪いことは起きない」「悪いことが起きるのは悪いことをしていたからだ」という、ある種のファンタジーを信じようとする傾向があります。そう考えなければ、「良き自分」にもいつ災厄が降りかかるかもしれないことになってしまい、安心できないからです。

この心理を離婚時の問題に適用すれば、人は「良い人が子供を配偶者に連れ去られて、子供と引き離され会えなくなることがある」という現実があることを信じたくはないということになります。そのような不条理を許す社会で自分が暮らしているとは考えたくないのです。そして連れ去りの被害を訴える人がいても「連れ去られたのは、連れ去られる側に問題があったからだ」というファンタジーを信じて、不安から逃れようとします。足立敬太氏も、そのように考える人の一人なのだと考えられます。そして皮肉なことに、人の「世の中が公正であってほしい」という気持ちが、結果的には不公正を存続させてしまうことになるのです。

日本は欧米や中国より「公正推論」の傾向が強い

三浦麻子・大阪大教授らの調査(2020年)

昨年「コロナ感染は自業自得であると考える人の比率が、日本は米英の10倍、中国の2倍だった」(読売新聞2020年6月29日「『コロナ感染は自業自得』日本は11%、米英の10倍…阪大教授など調査」)という調査が報道されました。この結果を基に、「日本人は他の国の人に比べて公正推論をする傾向が強い」という説が提示されています(2021年1月6日文春オンライン「日本での感染初確認から1年…なぜ日本人は「コロナ感染は自業自得」と考えてしまったのか」)。

公正推論は、仏教の「自業自得」や「因果応報」の考え方にも似ている部分がありますが、もしかすると日本人のこのような心理的傾向は、日本の宗教・文化的な背景が影響しているのかもしれません。

「世の中は公正である」と信じること、特に自分の行為についてそう考えるのは、必ずしも悪いことではありません。たとえば「頑張ればかならず報われる」とポジティブに考えれば、人はやる気が出ることが確かにあります。また、悪い結果の原因が科学や理論では解明できない場合、「自業自得」と割り切らなければ、気持ちが整理できなくなることもあるでしょう。悪い結果について自分で責任を負うことは、他者から「節度のある態度である」と評価される場合もあります。

不条理に目を向けなければ、被害者が増え続ける

しかし、他人の悪い結果について、やみくもにその人に責任を負わせるために公正推論を使うと、間違える場合があります。例えば、「子供を誘拐された」と被害を訴える親の声に誰も耳を貸さなければ、北朝鮮による拉致の問題は解決しなかったでしょう。時には辛い現実や不条理にも目を向けて、それを解決をしようという意思を持たなければ、被害者が増え続けることになってしまいます。

そして、まさにそれが現在進行形で起きているのが、離婚時の面会交流や親権の問題ではないかと考えられます。男女の社会への共同参画と共同養育が進むにつれて、離婚で子供に会えない親、親に会えない子供は増え続けています。しかし被害者を逆に責める声が多く、問題の解決が遅れているのです。

2021年6月1日に日本外国特派員協会での記者会見においては、離婚時の子供連れ去りの被害を訴えた元棋士の橋本崇載氏、中埜大輔氏らに対し、仏フィガロ紙の記者は「なぜこのようなスキャンダルがあるのに日本の世論は盛り上がりに欠けるのか」と質問していたのが印象的でした。その答えの一つは、日本人に公正推論の傾向が強すぎるからであるからかもしれません。

法律家の存在意義とは?

このような日本人の心理的傾向は、社会の変化に応じて法律を変える動きを阻害する点では問題があります。今、日本では女性の社会進出に伴って、家庭での子供の養育の分担も大きく変わっているのに、法律やその運用は古いまま温存されてしまうからです。既に多くの諸外国では離婚後の親子関係について新しい制度が採用されています。しかし日本ではなかなか議論が進みません。弁護士会に訴えた母親のように、被害を受けている人がいても「子供に会えない親は会えない親が悪い」という「因果応報」のような意見がまかり通り、親子が引き離される被害や不条理を訴える声は押さえ込まれてしまうのです。

本来、公正推論は、法律の運用には適さない考え方です。法律的な効果は、具体的な事実とその論理的・科学的な因果関係により生じることが多いからです。もしも犯罪や損害について、加害者を追及することなく、「因果応報だ」と言って責任を被害者に負わせて済ませてしまえば、法律家の存在理由は大幅に減ることでしょう。

しかし皮肉なことに、法律家達は常に、公正推論という、自分たちの存在理由を否定する心理傾向への誘惑と戦いながら仕事をしているとも言えます。法律家の仕事が「具体的な事実やその因果関係を証明し、真実を明らかにすること」であるといっても、実際には骨が折れます。それよりも「被害者が悪い」と済ませてしまったほうが楽ですし、被害を回復する手間もかからないのです。法律家と言えども、目の前に積み上がった仕事はさっさと片付けたいわけです。

たとえば家庭裁判所は、離婚事件について、事実や因果関係を解き明かして子供を連れ去られた親の被害を回復するどころか、その親から親権を取り上げます。そして、その親子をまともに会わせようとすらしていません(月1回3時間が標準)。家庭裁判所は離婚で引き離される親子の苦しみには目を向けず「子を連れた親が官軍」「連れ去られた親は賊軍」とばかりに自力救済を許し、連れ去りをした親に親権という「報酬」を与えているのです。家裁裁判官にも「連れ去られるのは連れ去られる親が悪い」「現在の法運用は公正である」といった公正推論が働いています。

そしてツイッターの世界でも、一部であるとはいえ、家庭裁判所の思考回路に歩調を合わせるかのように「連れ去られるのは連れ去られるのが悪い」と叫んでいる弁護士がいるのは残念なことです。事実や因果関係を尊重する法律の専門家としては冷静に行動し、少なくとも被害者を中傷するような発言には、慎重であってほしいものです。

(Visited 366 times, 39 visits today)