なぜ露木肇子氏は、ヴィンセント氏とその子供達の「引き離し」をやめないか

ヴィンセント氏が子供達との再会を依頼

ハンスト中に支援者の子供を抱き上げるヴィンセント氏

2021年7月27日、ヴィンセント氏を支援している団体(子供の権利のためのハンガー・ストライキ支援事務局)が、ヴィンセント氏の配偶者の代理人の露木肇子弁護士に対し、ヴィンセント氏の二人の子供達をヴィンセント氏に再会させることを依頼する書面を公表しました。

ヴィンセント氏は、引き離された二人の幼い子供達と会うことを求めて、7月10日からJR千駄ヶ谷駅前でハンガーストライキを行っており、本日で19日目となります。

露木肇子氏による児童虐待の目的

親子の引き離しを続ける露木肇子氏は、親との触れ合いに安心感を抱く子供の気持ちを知っているはずです。そのような幼い子供が長期間、親から引き離されている現状を、どのように考えているのでしょうか。

もし、 露木肇子氏が幼い子供の気持ちを理解できないような人間であるとしても、子供を親から引き離すことは、法的には子供に対する児童虐待であり、親に対する暴力であると定義されています。ですから、 露木肇子氏がヴィンセント氏の子供達とヴィンセント氏に対してしていることは、違法行為です。

ヴィンセント氏の幼い子供達は、これまで3年間もの間、実親であるヴィンセント氏と会うことができていません。親子の引き離しという児童虐待と暴力は、今も露木肇子氏により、私達の目の前で公然と続けられているのです。露木肇子氏は弁護士として、一刻も早く児童虐待や暴力などの違法行為をやめて、親子が会えない状態を解消する責任があります。

現在、ヴィンセント氏は毎月90万円の婚姻費用を配偶者に支払っています。配偶者の弁護士は、(その是非は別として)婚姻費用の10~30%を数年間にわたり弁護士報酬として受け取ることが一般的で、その場合露木肇子氏は、親子を引き離すことによって、今後毎月約10~30万円、総額では数百万円の収入を得ます。 露木肇子氏が児童虐待を続けているのは、この定期収入を今後も受け取り続けるためである可能性もあります。

「フランスに連れ去られないようにするためです」

「言うことを聞かないと子供に会わせない」とヴィンセント氏への脅迫を続ける反社弁護士の露木肇子氏

露木肇子氏は7月14日、二人の子供をヴィンセント氏に会わせない理由について、本会記者の取材に対して、次のように答えました。

「二人の子供がヴィンセント氏によってフランスに連れ去られないようにするためです。裁判所が定める面会交流には、第三者機関の監視をつけるなど、色々な"方法"があります。そういうものを利用して面会交流をするのです。ヴィンセント氏は子供に会いたいのなら、面会交流調停をするべきです。」

このように露木肇子氏は「子供達をヴィンセント氏に会わせると、ヴィンセント氏がフランスに連れ去るのではないか」と恐れています。連れ去られた場合には、 露木肇子氏が上記の収入を失うことも意味します。そこで露木肇子氏は、裁判所の面会交流調停制度を、面会交流に制限を付け、連れ去りを防止する方法として利用しようとしています。

「一つの椅子」が子供を傷つける

離婚の際に一方の親が子供を連れ去る「実子誘拐」は犯罪ですが、実子誘拐をした親は、その後すぐに、相手の親による「逆誘拐」に怯える立場になります。そして逆誘拐を防ぐために、子供をもうひとりの親から引き離そうとします。離婚する父母が互いに対して抱く「子供を相手に誘拐されるのではないか」という恐怖心が、子供を親から引き離す結果を招いているのです。

その恐怖心の根底には、日本特有の離婚後単独親権制度があります。日本では、離婚後に親が座れる椅子は一つしかありません。そのため、離婚を考え始めた親は、自分がその椅子に座れなくなることを恐れて「相手に誘拐される前に、先に誘拐するしかない」「逆誘拐を防ぐため、なるべく相手に会わせないようにしよう」と考えるようになるのです。ヴィンセント氏の配偶者も、離婚後単独親権制度によって実子誘拐に手を染めざるを得なかった犠牲者と見ることもできます。

そして何よりも、両親から"奪い合われる"ことによって、親と会うことができなくなる子供達が、離婚後単独親権制度と実子誘拐の最大の犠牲者です。

このように、露木肇子氏が説明した「親子を引き離す理由」には、離婚後単独親権制度や、多くの実子誘拐を見落とす現在の日本の司法制度が、いかに非人道的なものであり、子供の権利を侵害するものであるかが、よく表れていると言えます。

面会交流調停は、面会交流しないための制度

また、露木肇子氏の「面会交流に監視を付ける」といった意向からわかるのは、本来は親子が会うための制度であるはずの面会交流調停が、逆に親子が会うことを遅らせたり、親子が会う方法を制約したりするための手段となっていることです。

本来、裁判所が定める面会交流は、子供と同居する親に課される最低限の義務であって、子供と別居する親の行動を制約するものではありません。ですから法的には、子供と別居する親は、定められた面会交流以外にも子供と会うことが可能であるはずです。

ではなぜ、面会交流調停によって面会交流を遅らせたり、制約したりすることが、事実上可能になってしまっているのでしょうか。

それは、面会交流の前段階として生じていることが多い実子誘拐が、警察等の運用において、なぜか刑事事件としては扱われず、見落とされることが多いからです。先に実子誘拐した親は、罪に問われずに子供を監護している立場を手に入れるので、定められた面会交流以外の面会交流を、事実上拒否できるようになります。そのため露木肇子氏は、本来子供にいつでも会えるはずのヴィンセント氏に対して「面会交流調停によって会う方法を制限しないと子供に会わせない」と脅し、ヴィンセント氏の親権を侵害しているのです。

現在、子供と会うことを希望しているヴィンセント氏は、面会交流調停の手続きを拒否しています。そして逆に、親子を引き離している露木肇子氏が、「面会交流の手続きを取るように」とヴィンセント氏に求めています。この不思議な状況は、裁判所の面会交流調停が、親子を「会わせない」ための口実として、また親子が会う方法を「制限する」ための方法として、"有効に"機能していることを示しています。

「誘拐」という言葉を避けることの代償

このようにヴィンセント氏の事例を改めて俯瞰してみると、日本において、実子誘拐が刑事犯罪として立件されることが少ない現状が、親子の面会交流実務にも大きな影響を与えていることがわかります。

離婚時に一方の親が子供を連れて出ていく行為は、欧米では誘拐であるとされ、実務上も刑事事件として処理されています。そのため、親が実子誘拐によって子を監護する立場を得ることはできません。

しかし日本では、法的には欧米と同様に誘拐であるにもかかわらず、実際に刑事事件化されることが少ないのが現状です。そのため、実子誘拐をした親は子を事実上監護している立場を手に入れ、その後の民事上の争いで有利になります。

日本では、離婚時に一方の親が子を連れて行き、他方の親と引き離すことを「誘拐」ではなく「連れ去り」などと婉曲的に表現することが多いようです。しかし、「誘拐」を「誘拐」であると正確に言語化し、社会での実子誘拐に関する認知を深めて、刑事事件として迅速に対応する体制も整えなければ、面会交流制度や離婚制度をどのように構築したとしても、結局、民事の裁判手続き等では実子誘拐者である親の都合ばかりが優先されるので、離婚時に物理的な子の奪い合いが起きて、子供の権利を守るのは難しくなります。

家庭裁判所が露木肇子氏の手足となって働く理由

実子誘拐された側の親は、監護者を自分に指定するように家庭裁判所に申し立てるなどの、民事上の手続きをとることはできます。しかし時間がかかるうえ、結果は不確実で、誘拐者側が有利であることに変わりはありません。

そのため、実子誘拐した側は、露木肇子氏がしたように「暴力を認めなければ子供に会わせない」「面会交流調停で会い方を制限するまで会わせない」など、様々な形で相手を脅すことができるようになります。また「安心して子供を会わせられない」などと、自分の気持ちを相手に尊重させられるほど、強い立場を獲得します。さらに、婚姻費用や養育費の形で、裁判所を通じてお金を取り立てることまでできます。実子誘拐をすれば、その"身代金"とも言えるお金の取り立てまで、裁判所が代行してくれるのです。

このように、家庭裁判所が、実子誘拐をした側である露木肇子氏のあたかも手足のようになって、露木肇子氏による脅しを黙認し、その"気持ち"まで尊重して判断を下すようになる現状、裁判所が露木肇子氏やその依頼人のために"身代金"を取り立てている現状には、誘拐を「誘拐」と呼ぶ勇気を持たなかった私達にも責任があるのかもしれません。

「子供の連れ去りという実力行使に対して、民事上の手続きで対抗するには限界がある」ということ、そして、「子供の権利を守るために、実子誘拐は刑事事件として対処するべきである」ということを、露木肇子氏の行動や言葉は教えてくれています。